先日、あるメーカー様からのご依頼で、海外拠点のローカルスタッフの方を対象としたセミナーを実施しました。

この企業様は、30年以上前にシンガポールに初の海外拠点を開設以来、グローバルに拠点を展開してきましたが、今回がローカルスタッフをまとめて日本に呼んで本格的にトレーニングをするという初めての試みとなりました。アジア・アメリカ・欧州からマネージャークラスの方が来日し、数日間の研修を実施しました。その中でコンプライアンスについて丸一日かけてセミナーを行うということになり、私がその講師・ファシリテーターを務めさせて頂きました。

日本では、最近神戸製鋼・日産・スバル等の不祥事が次々と明るみになり、コンプライアンスに対する関心がより高まっています。また、海外における巨額損失や不祥事が日本企業の本体に致命的な打撃を与えた事例は、最近だけでも東芝・日本郵政・富士フィルム等枚挙に暇がありません。このため、グローバル展開をしている日本企業にとって、海外子会社のコンプライアンスは極めて高い関心事です。今回の企業様が、コンプライアンスに最重点を置いてローカルスタッフのトレーニングをされたのは、将に時宜を得ていると思います。

一方、「コンプライアンス」というのは決して楽しいものではないです。そのセミナーというのは、聞く側からすると、「これはダメ、あれはダメ」といった抑圧的なものや聞いていてもつまらないもの、というのが本音です。自分自身、過去何度も勤め先の会社でコンプライアンスセミナーを受けてきましたが、「面白いコンプライアンスセミナー」というものはひとつもなかったと思います。

今回のローカルスタッフは日本に来るのは初めてという方が多かったですが、そういう人達に丸一日コンプライアンスの話をして興味を持ってもらうにはどうしたらいいか、というのがまず大きな課題でした。このため、セミナーの前半は私から説明を行う一方、後半は出来るだけローカルスタッフの方に参加してもらうためプレゼンテーションと議論をするという2セッションで行いました。

コンプライアンスにおいて必要なのは、「知識」「仕組」「当事者意識」であると思います。その中で、最も重要なのは「当事者意識」「危機意識」です。すなわちコンプライアンス違反が発生した場合、会社やグループに致命的な打撃を与えるだけではなく従業員自身が苦境に陥るということを、各従業員が「自分の問題」として捉えるということです。セミナーでは”Sense of Ownership”、 ”Sense of Danger”という言葉を使いました。

今回のセミナーに先立ち、参加するローカルスタッフの方に事前アンケートを取りましたが、その中で「あなたの拠点で特に重要と思うコンプライアンスの事象は何ですか」という問いを入れました。半分ぐらいの人が「うちの拠点では特にコンプライアンス上の問題はない」と答えていました。

もちろん、この方達は各拠点のマネージャークラスですので、日本の本部に対して「うちの拠点はこういうコンプライアンスの課題がある」と答えることに心理的抵抗感があった可能性はあります。また実際に、過去不正等のコンプライアンス違反の発覚事例は出てきていないため、「問題なし」としているようにも思えます。いずれにしても、「当事者意識」「危機意識」はいささか希薄だったと思われます。彼らに対しては、以下のような話もしました。

「公認不正検査士協会(Association of Certified Fraud Examiners)の2016年度報告書によると、全世界で調査した2400件超の企業不正において、不正を起こした従業員の9割は初犯ということです。すなわち、今まで不正の兆候や事例がなくても、いつ何時初めて不正を犯す従業員が出てこないとも限らないということです。あるいは既に不正は潜行しているかもしないのです。」

これは個々人の意識の問題ですから、今回のセミナーで、参加者の中にどの程度「当事者意識」「危機意識」ができたかは明確にはわかりませんが、少しでもそれを意識し始めるきっかけとなっていればと願っています。

今回のセミナーでは、一方的な講義だけではなく、参加者全員での議論の場を設けたということもあり、冒頭に以下の4つを「本日のルール」としました。
1. Active participation(積極的に議論に参加しよう)
2. Be frank(率直な意見を述べよう)
3. Respect each other’s opinion(お互いの意見を尊重しよう)
4. Break the language barrier(言葉の壁を破ろう)

セミナーは英語で行いましたが、英語が苦手な人は通訳を通じて参加しました。ルールに従って言葉の壁を破るべく、配慮をしながらセミナーを進めたつもりでしたが、やはりいろいろな国から来る人の間でコミュニケーションを図るのはなかなか大変だと実感しました。言葉の問題もありますが、それよりも国民性の違いもかなりあります。欧米の人やインドの人は積極的に自分の意見を言いますが、アジアの人は総じて控えめです。

私もアメリカで生活していたときに、アメリカの教育が日本と随分違うのを感じました。私の子供が通っていた幼稚園には”Show and Tell”という時間があり、全ての園児はみんなの前で、自分のおもちゃや好きなものを見せながらその説明をするということをしていました。幼稚園のときからプレゼンテーションの訓練を受けているのには衝撃を受けたものです。

一方で、アジアの国からの参加者は総じて、パワーポイントできちんと事前にプレゼンテーション資料を作り、丁寧に説明をしていました。これもお国柄を感じました。

そういう各国の国民性を垣間見れたということも、今回のセミナーの面白いところでした。